ウクライナとロシアが共に愛し合うために 우크라이나와 러시아가 서로 사랑하기 위해서

今、ロシアがウクライナに侵攻している中、我々が何ができるのか、考えました。

지금 러시아가 우크라이나를 침공하고 있을 때 우리가 무엇을 할 수 있을까 생각해 봤습니다.

もし、文鮮明先生と韓鶴子先生ならどうされたのか。

만약 문선명선생님과 한학자선생님이라면 어떻게 하실 것인가.

参考になるのが、今と同じような状況である9.11テロがあった時、アメリカが戦争を起こそうとしていました。その時、文鮮明先生は、「戦争を起こすのではなく、アフガニスタンに学校と病院を作り、アフガニスタンを豊かにすれば、戦争する必要がない」と仰ったと言う。

참고로 할 수 있는 것이 지금과 비슷한 상황인 9.11 테러사건이 있었을 때 미국은 전쟁을 준비 하고 있었습니다. 그 때 문선명선생님은 [전쟁을 하는 것이 아니라 아프가니스탄에 학교와 병원을 만들어서 아프가니스탄이 발전이 되면 전쟁할 이유가 없어진다]라고 말씀 하셨다고 합니다.

つまり、アメリカを攻撃してくる敵国を批判し、戦争により解決しようとするのではなく、敵国を許し、愛そうとされたのだと思います。

즉 미국을 공격하는 적대나라를 비판하고 전쟁으로 해결하려고 하는 것이 아니라 적대나라를 용서하고 사랑하려고 하신 것이라고 생각합니다.

それならば、我々も同じようにウクライナを侵攻したロシアを恨み攻撃するのではなく、ウクライナとロシアが共に愛し合うことができるように努めなくてはならないと思います。

그러면 우리도 마찬가지로 우크라이나를 침공한 러시아를 미워하고 공격하는 것이 아니라 우크라이나와 러시아가 서로가 사랑할 수 있도록 노력 해야 한다고 생각합니다.

今、この戦争に答えを出せる国は、存在しないと思います。国が何もできないのであれば、我々、宗教者達が立ち上がらなければなりません。

지금 이 전쟁에 답을 내릴 수 있는 나라는 없다고 생각합니다 어느나라도 해결할 수 없다고 하면 우리 종교를 가지고 있는 사람들이 일어나야 한다고 생각합니다.

何故でしょうか。我々がよく言う言葉に「神様の下の人類一家族」と言う言葉があります。まさに、今、それが失われようとしています。

왜냐하면 우리가 항상 말하고 있는 말 중에 [하나님 아래 인류 한가족]이란 말이 있습니다. 지금 바로 이 한가족이 없어지려고 합니다.

私にとっては、ウクライナ人とロシア人も家族であり、共に愛し合うべき兄弟です。もし、家族が喧嘩して殺し合っていたら、同じ兄弟だったら、止めるべきです。

저한테는 우크라이나사람도 러시아사람도 가족입니다. 서로가 사랑해야 하는 형제입니다. 만약 가족이 싸우게 되고 서로 죽이고 있을 때 같은 형제라면 말려야 합니다

神様が親で、人類が家族なら、家族の悲しみは、神の悲しみであり、神様が悲しまれているのであれば、神様を知る宗教者がそれを止めるために立ち上がるべき時だと思います。

왜냐하면 하나님이 부모고 인류가 가족이라면 가족의 슬픔은 하나님의 슬픔이고 하나님이 슬퍼하고 있으면 하나님을 알고 있는 종교인들이 그 슬픔을 멈추기 위해서 일어날 때라고 생각합니다

宗教者でなくても、平和を愛する人、全ての人類を愛している人は、是非、一緒に平和のために貢献して行きましょう。

종교인이 아니라도 평화를 사랑하는 사람, 모든 인류를 사랑하고 있는 사람은 함께 평화를 위해서 공헌합시다

戦争を非難しても、分断と葛藤を増やすだけです。戦争するようになった原因は、神様を知らず、人類を家族だと思えない思いにより始まっています。先ずは、我々が、神様を知り、神様を父母として侍りましょう。そうすれば、人類が一つの家族となり戦争する意味はないと言うことを伝えて行きましょう。

전쟁을 비판 해도 분단과 갈등만 늘어날 것입니다 전쟁이 일어나게 된 원인은 하나님을 모르는 사람이 인류를 가족이라고 생각하지 못하는 마음에서부터 시작했습니다. 먼저 우리가 하나님을 알고 하나님을 부모로 모십시다. 그러면 인류가 한가족으로 만들어서 전쟁을 할 이유가 없다는 것을 전달 해 나갑시다.

霊界特集7:個人的なサタンと悪霊と戦い、勝利する方法

サタンと戦い勝利する方法をお伝えします。

サタンと悪霊との戦い、勝利する方法

何故、人は、幸せになることができないのか。それは、サタンと戦い、勝利できないからである。サタンとは、霊的な存在なので、霊的な無知を克服していない人は、存在さえ認識できず、認識さえできないので、攻撃を防ぐこともできない。ましてや、戦って勝利することなど、不可能なのである。

サタンとは、何か、それは、自己中心的な愛の存在であり、神様の創造目的から反する存在である。サタンと戦い、勝利するためには、サタンとは、何なのか、どうやって人間を主管し、人間をサタンの意のままに操っているのか、知る必要がある。

何故、サタンと戦い勝利しなければならないのか、それは、堕落人間が創造目的を悟り、神様と関係性を持とうとしても、サタンが妨害し、人間が神様に繋がる道を絶とうとするからである。つまり、サタンと戦い、勝利しない限り、神様に出会うことも、神様の創造目的通りに生きることも不可能なのである。

【サタンの目的と目標】

人間始祖を堕落させたサタンの目的は、神様から息子(アダム)と娘(エバ)を奪い、創造目的を達成させないためである。つまり、堕落した天使であるルーシェルは、創造目的を達成させないためにアダムの立場を奪おうと考えたのである。

アダムの立場を奪うためにエバを利用し、エバの愛でアダムを堕落させたのである。人間始祖の堕落により、創造目的が達成できず、人類は、サタンの主管下に堕ちてしまった。

つまり、サタンは、今でも、創造目的が実現させない為、常に、人間を主管しようとしているのである。

また、サタンの目標は、神様の願いを妨害する事で、再び、創造目的を達成できないようにすることである。サタンは、神様の創造目的を実現させないため、真の父母を人間始祖の時と同じように、創造目的が実現しないように妨害する。

このサタンの攻撃は、全てのサタンと堕落人間が復帰されない限り、攻撃は止まらない。

何故、サタンの目的と目標を認識しないといけないのか、それは、サタンが一番最初に攻撃する対象を理解することにより、攻撃されている対象を守ことができるからである。サタンが一番最初に攻撃するのは誰か、それは、神様の願いを叶える存在であり、神様の創造目的の実体である真の父母です。

サタンとの戦いは、自分自身を守ことでも、家族を守ことでもありません。神様の代わりに真の父母を守ることを意味します。

我々の使命と責任は、自分が幸せになることでも、家族が幸せになることでもありません。サタンから真の父母を守り、真の父母の願いを叶えようとしている人を守ことができるようになることです。サタンから神様が愛したいと願っている人を神様の代わりにサタンから守ことにより、神様を愛したと言う実績になります。

【霊的な攻撃】

サタンは、どのようにして霊的に攻撃してくるのか、それは、神様を愛そうとする人を不幸に落とし入れる。特に、神様が愛された祝福家庭は、よりサタンから攻撃される。霊的な攻撃を受けることにより、個人や家庭が不幸になる。ここで言う不幸とは、自己中心的な愛を持つことを意味します。

具体的には、どのような攻撃だろうか、それは、自己中心的な愛により、お互いが恩讐関係になるように攻撃する。祝福家庭が一つになれないように、お互いが攻撃し合い、憎しみ合うようにしてくる。サタンの攻撃は、自己中心的な愛によるものなので、信仰では、霊的な攻撃を防ぐことも、迎え撃つこともできない。

何故、神様が愛され、神様を愛するように期待された祝福家庭がよりサタンから攻撃されるのであろうか、それは、祝福を受けた後、神様の愛を中心とした個人を成していないからである。もし、神様の愛を中心として、自らを神様の代わりに愛していれば、サタンが入り込む隙間はない。

祝福を受けた後、神様の真の愛で生きなければならない。サタンを中心とした人生の習慣性を捨てない限り、サタンの主管から抜け出すことができない。真の愛で生きることにより、最終的には、産まれた動機を肉親の父母の愛ではなく、神様の愛によって産まれたと感じることができる。1秒でも神様の愛と関係のない時間がある限り、サタンは、それを条件に主管しようとしてくるのである。

【肉的な攻撃】

サタンは、どのようにして肉的に攻撃してくるのか、サタンは、多くの堕落人間を動員し、神様の代わりに愛そうとするのを妨害してくる。つまり、神様の願いを実現しようと努力する人は、常に妨害される。

具体的には、堕落人間を自己中心的な愛で生きるようにし、神様の真の愛で生きることを妨害する。つまり、神様を愛するために生きようとすればするほど、堕落人間から攻撃されるのである。

何故、神様が愛され、神様を愛するように期待された祝福家庭がよりサタンから攻撃されるのであろうか、それは、祝福を受けた後、堕落性を克服できていないからである。もし、神様の愛を中心として、堕落性を克服していれば、サタンが入り込む隙間はない。

祝福を受けた後、創造目的で生きなければならない。サタンを中心とした人生の習慣性を捨てない限り、サタンの主管から抜け出すことができない。創造目的で生きることにより、最終的には、産まれた動機を肉親の父母の目的ではなく、神様の創造目的によって産まれたと実感しなければならない。1秒でも神様の創造目的と関係のない時間がある限り、サタンは、それを条件に主管しようとしてくるのである。

ここで言う堕落人間とは、堕落性を克服できていない人を意味するので、祝福家庭でも、堕落性を克服できてなければ、堕落人間である。堕落人間である限り、創造目的を実現する神様の側の立場ではなく、サタン側で神様の側の人々を攻撃する様になる。先ずは、自分がどちらの側に立っているのか、自分の人生を振り返って考えてみて欲しい。

【サタンと悪霊との戦い】

何故、サタンと戦い、勝利しなければならないのか、それは、

サタンとの闘いを勝利することにより、霊的な力を手に入れることができる。人間始祖を堕落させたサタンは、人類を偽りの愛で主管してきた。神様は、人類歴史を通し、サタンと戦ってきたのである。つまり、サタンと戦うのは、神様の願いなのである。

サタンと戦い、勝利することができれば、天使が味方となり、支援してくれる。また、悪霊との戦い勝利することにより、他の悪霊と戦える霊的な力を手に入れる。もし、悪霊を教育し、神様の願いを教育できれば、神様の願いを叶えるために協力してくれる。

サタンと戦い、勝利することにより、サタンを理解することができ、他のサタンとの戦いを勝利することができる。戦いで勝利することができるようになれば、恐れることになく戦える。つまり、サタンと戦い、勝利する方法は、自らが神様の真の愛の実体となって、サタンが讒訴できる条件がない生活することである。

【まとめ】

人は、罪を犯さなければ、サタンが干渉して来ないと考えているかもしれないが、サタンは、自己中心的な愛を持っている限り、自己中心的な愛により、人を主管してくるのである。サタンと戦い、勝利することにより、神様の真の愛の実態となって、神様の代わりに人類を愛することができるのである。

サタンから攻撃を受けていることを実感できていない人は、サタンから攻撃を受けていないから、実感できないのではなく、既に、サタンの主管下にいるので、神様の側を攻撃している立場にいる。

自らがサタンの側なのか、神様の側なのかを決めるのは、自らの人生の中で、自己中心的な愛の時間が1秒でもあれば、それは、サタンの主管下に生きていることになる。

信仰では、サタンの主管下から逃げることはできない。サタンの主管下から解放される方法は、神様の代わりにサタンを愛し、サタンから愛の主観権を取り戻すしか方法がない。サタンがさたんになった原因は、サタンの過分なる欲望にあったかもしれない。しかし、人間始祖が、天使長ルーシェルを主管しなければならなかったのにも関わらず、主管できなかったので、人間始祖の過ちでもあるのである。

人間始祖が成せなかった天使長を主管することは、真の父母がなされたが、人類歴史を偽りの愛で主管したサタンと悪霊人を復帰する使命は、その堕落の後孫である我々が成さなければならない。我々の使命は、全てのサタンと悪霊、そして、堕落人間が神様の創造目的に沿って生きる世界を実現させることである。

堕落人間が創造目的を完成するのは、天宙から堕落に関する痕跡が全て無くなってからである。もし、堕落の痕跡が残っているのであれば、神様が悲しまれるので、神様を愛している人であれば、神様のために痕跡を無くすために努力するのである。

本当に神様を愛してる人は、自分が救われるとか、幸せになるためにいきるのではなく、神様が幸せなのか、神様が救われるために自らの生き方を変えていく人である。どうか、一人でも多くの人が、神様を愛する生き方により、サタンと戦い、勝利し、神様の愛の世界を実現させるために貢献することを願う限りである。

霊界特集6:個人的な霊生を成すための生き方

投稿の内容の動画です。

個人的な霊人体の成長について

個人的な霊人体の成長については、原理講論にも記載されてるが、具体的な霊人体の成長を実感している人は、多くはない。

何故、霊人体の成長を実感できないのか、それは、堕落により、霊的な無知に堕ちたので、霊人体を成長させる方法を知ることができなくなってしまったからである。

どうすれば、堕落により失われた霊的な知を取り戻し、霊人体の成長させることができるのか、個人的な見解をお伝えします。

【霊的な無知を克服する必要性】

霊的な無知がもたらす、一番の大きな障害は、神様の存在を認識することができないことである。何故かと言えば、神様は、霊的な存在なので、霊的に無知な人は、神様の存在を認識できないからである。

また、神様の存在を認識できない人は、神様が被造物を創造された目的を認識することも、理解することもできないのである。ここで認識すると言うことは、知識として、知ることを意味するのではなく、実際に創造目的通りに生き、創造目的を実体化することで得られる実感する事を意味するのである。

統一教会の祝福家庭は、祝福を受けることにより、神様から祝福を受けたので、霊的な無知を克服していると勘違いしている方々が多く見受けられる。しかし、実際に話を聞いてみると、常に、神様と疎通し、神様の心情と相対している人は、殆ど、見受けられない。

祝福とは、あくまで、神様からの愛であり、愛を受けたから、創造目的を完成したと考えるのは、拡大解釈である。祝福により、神様が愛することができる対象になり得る可能性が与えられたのは、事実である。しかし、それは、あくまで、神様の視点からの変化である。残念ながら、祝福を受けた後、自らの堕落性を克服していないのであれば、堕落人間と大して変わらないのである。

どうすれば、堕落性を脱いで、霊的な無知を克服できるのであろうか、それは、堕落により結ばれたサタンとの因縁を断つ必要がある。サタンとの因縁を断つことができれば、神様が愛することができる愛の相対圏に入ることができる。神様の愛の相対圏に入れれば、神様の生心から生素を受けることができ、自らの創造目的を認識し、理解できるようになる。それにより、霊的な無知を克服できるのである。堕落人間として、サタンと因縁を結び、サタンの主管下にある限りは、霊的な無知を克服できないのである。

【霊的な知の必要性】

祝福家庭を含めた全ての堕落人間は、神様の愛の相対圏に入ることができない。何故、堕落人間は、神様の愛の相対圏に入ることができないのか、それは、堕落人間は、サタンの主管下にいるので、神様が愛したいと望んでも、サタンが許さないのである。

祝福を受けたことにより、神様が愛することができる因縁は与えられたとしても、祝福を受けた後、自己中心的な愛を持っているのであれば、サタンは、自己中心的な愛を条件に主管するのである。

どうすれば、サタンの主管下から抜け出し、神様の愛の相対圏に入ることができるのか。それは、サタンと戦い、勝利することにより、堕落性を克服することで可能である。

どうすれば、サタンと戦えるのか、最初は、自らを神様の代わりに愛することである。自らを神の愛で愛する事ができれば、自らの堕落性を神様から与えられた創造性に変えることができ、神様の代わりに人類を愛することができるようになる。神様の代わりに人類を愛しながら、サタンに勝利することにより、サタンから主管性を取り戻すことができる。

このようにサタンに勝利できれば、自らに与えら得た創造目的を知ることができる。そして、どうやって、サタンが人類を主管してきたのか、知ることにより、サタンに勝てるノウハウを得ることができる。結果的に、霊的な戦いに勝利することで、霊的な知識と経験を得るのである。

【霊的な力の必要性】

サタンと戦い、勝利できる力を霊的な力と言う。この霊的な力は、自分だけのために使うのではなく、誰かを霊的に愛し、神様の愛に導くために必要なものである。残念ながら、我らが、持っている信仰では、霊的な無知は克服できない。また、信仰では、人類を神様の前に導くことができない。

サタンと戦い、勝利した経験を通し、霊的な力と知恵を持っている人は、サタンからも認識される存在になることで、昼夜を問わず、サタンから狙われる。しかし、サタンから攻撃されても、サタンと戦い勝利することにより、霊的な無知を克服し、霊的な知により、神様の前に人類を導くことができる。

霊的な力をもつことにより、サタンと戦い勝利できる確率が上がる。そして、神様の代わりに人類を愛することにより、神様が人類を愛している愛の理解できるようになる。神様を理解することにより、創造目的が知ることができ、霊的な無知を克服できるのである。霊的な力がある人は、神様が必要とされるので、自然に神様と意思疎通する時間が長くなる。

【霊人体の成長の必要性】

霊的な知と力を得ることにより、神様の愛の心情圏に立つことができる。神様を真の愛を理解することで、神様の真の愛の世界である霊界について、理解できるようになる。

人間が霊界で生活する体である霊人体とは、肉体の死によって、生まれる体ではなく、既に、地上生活しながら形成されている体である。どうすれば、霊人体が成長するのであろうか、それは、地上生活を創造目的通りに生きた肉心から生力要素が、神様から生素が与えられることにより成長するようになっている。

また、霊界は、死後に訪れる世界ではなく、地上生活において、既に、霊人体が住んでいる世界である。地上生活で、霊界を認識できないのは、霊人体が成長しておらず、霊的な五感を備わっていないからである。霊人体がある程度、成長しない限り、地上において、霊界を認識できる五感を得られない。

例えば、新生児レベルの霊人体であれば、言葉を発することや,物の事を認識できる能力が備わっていない。つまり、地上生活で、霊界を認識できないのは、幼児レベルまで至っていないからである。幼児になれば、言葉を発したり、物事をある程度、認識できるのである。

神様が人間を創造された目的は、人間の死後、神様の真の愛の世界である霊界で、永遠に愛を分かち合うためであった。つまり、霊界での生である霊生をなすために霊人体を成長させることが、地上生活の目的である。

地上生活において、肉体が成長したからと言って、霊人体が成長するために努力していないのであれば、霊人体の成長は見込めない。信仰では、霊人体は成長しないので、残念ながら、多くの祝福家庭は、霊人体が成長していない。勿論、祝福により、神様から愛された条件があるので、少しは、霊人体が成長しているが、それは、本人が努力する以上に神様が無条件的に愛された結果である。

【まとめ】

是非、地上生活において、霊界での生である霊生を成すために努力される方が増えることを願うのである。ここで言う、霊生とは、個人の段階であり、個人の段階の霊生をなすことができれば、次の家庭の段階の霊生を成すのに大きく貢献できるのである。

私は、幼い時、事故で、霊眼が開けてしまい、その後は、日常的にサタンと悪霊に襲われる生活を続けてきた。その中で、神様にすがり、神様を頼る中で、神様の悩みや苦しみを理解するようになった。まだ、神様の願いを十分に理解しているわけでないが、人類がサンタの主観下で、神様の愛の相対圏に立てていない現実がある限り、自分ができる範囲で、貢献するつもりである。

少しでも、サタンの主管下から逃れ、神様の愛の相対圏に立つことで、霊界での生である霊生をなすことができる人が増えることを願う限りである。

投稿を整理してプレゼン資料にしましたので、参考にして頂ければ幸いです。

霊界の実体と地上生活の為のアクションステップ

霊界の実体と地上生活ついて、コンテンツをお伝えしましたが、コンテンツを理解したからと言って、霊界の実体を意識した地上生活ができる訳ではありません。

「霊界と地上界」と言う問いに対し、答えるを見つける為のアクションステップを考えてみてください。

【アクションステップの例】

質問:霊界とは何なのかを確認しよう。

評価:

1.霊界は認識できますか。

2.霊界と向き合っていますか。

3.霊界の声を聞いていますか。

4.どれぐらい霊界と会話していますか。

5.霊界と意識疎通することは幸せですか。

質問:地上界の状態を確認しよう。

評価:

1.地上界は認識できますか。

2.地上界と向き合っていますか。

3.地上界の声を聞いていますか。

4.どれぐらい地上界と会話していますか。

5.地上界と意思疎通することは幸せですか。

質問:霊界と地上界の状態を確認しよう。

評価:

1.霊界は、地上界を愛していますか。

2.地上界は、霊界を愛していますか。

3.霊界と地上界の間には、神様の愛がありますか。

4.神様の真の愛で天宙を愛していますか。

5.愛された天宙は、貴方を通し、神様の愛を感じていますか。

三つの質問の項目全部に答えられるようにしてみてください。

霊界と地上界を一つにする方法は、同じ目的と方向性が必要です。つまり、神様の真の愛を実現すると言う共通の目的を持つことにより、一つとなることができます。

霊界と地上界が一つになっていない限り、神様の相対圏に入ることはできません。神様は、霊界と地上界を一つにした天宙の中に住んでおられ、天宙は、神様の真の愛で溢れております。つまり、霊界は、地上界で真の愛を実体化することにより、常に感じる事ができるようになります。

神様を信じたからと言って、神様に出会うことはできません。神様と出会う方法は、神様が住みたいと思う天宙を実体化する必要があります。霊界と地上界が神様の真の愛が実体され一体化することにより、神様の愛の相対圏に立つことができるようになり、神様の心情に触れることができます。

何が、重要なのかと言えば、貴方が人生の中で、どれだけ、神様を愛することができる環境を構築してきたのか。天国は、一人で入る場所ではありません。人類と神様が共に天国に入れないのが、神様にとっては悲しみです。そのような神様の心情に触れ、人類が神様と共に天国に入れるように貢献しなければなりません。

霊界と地上界が一つになる方法は、神様の愛の対象となるしかありません。霊界にも地上界にも、神様が安息して臨済されることができる場所は多くありません。神様が少しでも安心し、幸せを感じることができる場所を提供することが、神様を安心させることができると思います。

貴方が貴方自身を愛するよりも神様を愛し、神様が愛そうとする人を貴方以上に愛することができるようになれば、全てを犠牲にしてでも人類を愛してこられた神様の心情に触れることができると思います。神様の心情に触れ、神様を臨済される場所を提供して差し上げることができるように願う限りです。

コンテンツを見ていられない方は、下記のURLから進んでください。

霊界の実体と地上生活

心と体の統一のための真の愛の実践する為のアクションステップ

心と体の統一のための真の愛の実践することについて、コンテンツをお伝えしましたが、コンテンツを理解したからと言って、心と体の統一のための真の愛の実践できる訳ではありません。

「心と体の統一」と言う問いに対し、答えるを見つける為のアクションステップを考えてみてください。

【アクションステップの例】

質問:心の状態を確認しよう。

評価:

1.心は認識できますか。

2.心と向き合っていますか。

3.心の声を聞いていますか。

4.どれぐらい心と会話していますか。

5.心は幸せですか。

質問:体の状態を確認しよう。

評価:

1.体は認識できますか。

2.体と向き合っていますか。

3.体の声を聞いていますか。

4.どれぐらい体と会話していますか。

5.体は幸せですか。

質問:心と体の状態を確認しよう。

評価:

1.心は、体を愛していますか。

2.体は、心を愛していますか。

3.心と体の間には、神様の愛がありますか。

4.神様の真の愛で誰かを愛していますか。

5.愛された対象は、貴方を通し、神様の愛を感じていますか。

三つの質問の項目全部に答えられるようにしてみてください。

心と体を一つにする方法は、同じ目的と方向性が必要です。つまり、神様の真の愛を実現すると言う共通の目的を持つことにより、一つとなることができます。

心と体が一つになっていない限り、神様の相対圏に入ることはできません。今まで、神様に出会ったとか、神様を感じたことがあると言う人は多くいると思いますが、それは、神様と言うよりは、霊的な存在に出会っただけであり、神様の実体とは程遠いです。

神様を信じたからと言って、神様に出会うことはできません。神様と出会う方法は、神様と同じ愛の実体になる必要があります。心と体が神様の真の愛の実体になることにより、一体化することにより、神様の愛の相対圏に立つことができるようになり、神様の心情に触れることができます。

何が、重要なのかと言えば、貴方が人生の中で、どれだけ、神様を愛して、慰労してきたのか。神様が堕落により人類を失うことにより、悲しまれ、苦しまれ、孤独に向き合ってきた。そのような神様の心情に触れ、神様の悲しみや苦しみや孤独を慰労してあげているのか。

心と体が一つになる方法は、神様の愛の対象となるしかありません。神様は、人類を愛したくても、人類に条件がなくて、愛することができなかったのにも関わらず、ずっと、一人で愛してこられた。このような神様の心情に触れることができれば、どんなに過酷な環境で、障害が大きくても乗り越えることができるでしょう。

貴方が貴方自身を愛するよりも神様を愛し、神様が愛そうとする人を貴方以上に愛することができるようになれば、全てを犠牲にしてでも人類を愛してこられた神様の心情に触れることができると思います。神様の心情に触れ、神様を慰労して差し上げることができるように願う限りです。

コンテンツを見ていられない方は、下記のURLから進んでください。

心と体の統一のための真の愛の実践